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  1. 12.9.21 哀しきアデュー

哀しきアデュー

パリ・オペラ座バレエ団。太陽王ルイ14世に端を発し、350年以上の歴史を誇る世界最古のカンパニー。今年5月、その本拠地である、ガルニエ宮を訪れる機会を得ることができました。

フランスは何度か訪れているものの、パリで長い時間を過ごすのは今回が初めて。なのでガルニエ宮も初めての訪問でした。バレエ・オペラ専用として建造された同劇場は、その威容を見せるための大通りを作らせたというだけあって、外観は荘厳そのもの。内部も装飾などが素晴らしいのはもちろんですが、客席の何倍もある舞台・舞台裏の広さたるや想像を絶する規模。今も多くの新しい演出がここから生まれていることが、納得できるものでした。

エトワールの夫婦

そして、私が訪れた日の演目は、振付家ケネス・マクミランの傑作「マノン」。主役のマノンはクレールマリ・オスタ。そしてデ・グリューは、オスタの夫でもあるあのニコラ・ル・リッシュ。それもこの日は、クレールマリ・オスタの引退公演(アデュー)でした。このバレエ団で踊る最期の日に、あの演劇性の高い振り付けのマノンを、エトワールの夫婦が、最高の劇場でどう踊るのか。過去にも日本で同バレエ団の公演を見る機会はありましたが、こんな特別な日の舞台はなかなか見られないと、私は何日も前から期待に胸を高鳴らせていました。

ただ淡々と踊る

ホールに入ると、千秋楽それもアデューのその日はもちろん満席。客席には多くの著名なダンサーの姿もみられます。しかし、幕が開きダンサー達が踊り出した瞬間、私の高まった期待は見事に裏切られました。

もちろん、このバレエ団ですから容姿は素晴らしい。体型も整っていて、テクニックにも大きな隙はありません。ですが、とにかく踊りに心がない、コールドからもソリストからも、舞台への情熱が全く感じられないのです。確かに上手いのですが、どこか雑で、ただ淡々と踊っているというのが、ひしひしと伝わってくるのです。最後の舞台であるオスタの踊りは、端々まで意識が行き届いており、熟練したものを感じさせるものでしたが、一方のル・リッシュには世界を魅了した往年の輝きはありませんでした。特にオスタへのサポートが非常に不安定で、40歳という引退間際の年齢を感じざるえないものでした。

舞台に飢えた日本

淡々と踊っているだけ・・・。日本のバレエ団を見るときには、こんな感覚をもつことはありません。技術的にはパリ・オペラ座には及ばなくても、舞台にかける情熱は当たり前のものとして伝わってきます。パリ・オペラ座のダンサーはどうしたのでしょうか。年間150を超える公演に疲れているのか、毎日の舞台に慣れきってしまっているのか、伝統のスタイルやメソッドがダンサーの個性を抑え込んでしまっているのか、42歳定年制という誰かが引退するまで昇格出来ない制度がやる気を失わせているのか、よくわかりません。

「舞台は技術だけでできるものではない」。アデューという特別な日に、世界最古のバレエ団が見せた情熱なき舞台は、その原則を思い起こされるものでした。この日を振り返って私の脳裏に現れる光景は、オペラ座の舞台ではありません。マノンが終わった後に、ガルニエ宮の前の広場で、どこからか運んできたピアノを一心不乱に弾く見知らぬ青年。その光景が、マノンよりもとてもまぶしく思い起こされます。